インタビュー

居酒屋が苦境の僕を救ってくれた【魚と出汁 くぐい 店主・西尾 磨幸氏 インタビュー(前編)】

「居酒屋は“場”が命なんです」―そう語るのは、国分寺駅北口にある「魚と出汁 くぐい」店主・西尾 磨幸氏。飲食道に進むことになったのは、自身が居酒屋に救われたからと振り返る。どのようにして現在に至ったのか、前編ではこれまでの軌跡に迫る。

苦境の中で見つけた癒し

バランスを崩して1年半休養に

今年で飲食業界に入って4年目です。以前は教育業界で働いていました。僕がいたのはNPO法人で、学校が抱える課題に沿ったプログラムを現場に入り込んで設計していました。いわゆるキャリア教育の構築です。

現場ありき、生徒たちと向き合えることに惹かれて入りましたが、28歳で退職。組織の在り方が本来の目的と大きくかけ離れていったんです。組織が事業拡大に注力するあまり“案件ありき”“マネタイズ重視”になっていって。

その結果、生徒やボランティアで参加している学生たちに皺寄せがいくように。彼らをなんとか守りたいけど、それができない状態。身動きとれない自分を責めすぎて、心のバランスを崩してうつ病とパニック障害を発症。退職して一旦社会から離れることになりました。

辞めてからしばらくは無気力状態。飯も食えない、コンビニも行けない。人間これほどまでに動けなくなるかと。おもしろいほどに何もできなかったですね。多分30歳まで生きられないなと本気で思っていました。

唯一楽しいと思えたひととき

鬱々とした毎日でも気持ちが上向く時があって、たまに飲みに行っていました。決まって行くのはなじみの居酒屋。店員さんも常連さんも僕の状況を知っていたのに、何事もなかったかのように接してくれる。唯一楽しいと感じられる時間だったし、あの瞬間だけ美味いものを美味いと思えた。

当時の僕にとって居酒屋は癒しそのもの。自分みたいなふさいだ人間にはこういう場が必要なんだと痛感しました。

飲食の道へ

居酒屋へ惹かれた理由

少しずつ復活していくなか、次の仕事を考え始めた矢先「にいやん、一緒に働かない?」と声をかけてもらいました。それがなじみの居酒屋「炭火家 おだづもっこ(以下、おだづ)」です。

ちょうど僕も居酒屋という場に興味を持ち始めた頃。居酒屋は目の前のお客様にどう楽しんでもらおうか、どう関係性を作るのかを追求している。そんな一対一の関係を大切にしている様を見て、自分もまた“マンツーマンの仕事をしたい”と思うようになりました。

おだづもっごの仲間達と

おだづに入ってしばらくの間は仕込みとホールの日々。その傍ら串打ちや火の通り方を教わったり、閉店後に料理の練習をしたり。ブランクありからの未経験スタート。だから、人一倍やることに必死でした。

入って半年ほど経ったくらいの時、店でいろいろあって店長が急遽不在に。ちょうどその頃、大磯ロングビーチに出店したばかりでオーナーはそちらにつきっきり。店を主に回すのは僕含め2名でしたが、その頃は僕も基本的に大磯にベタ付き。ひとり残って必死に店を守り抜いてくれていた彼に、心身ともに大き過ぎる負担を掛ける形になってしまって。改めてオーナーも含め3人で話し合った結果、大磯閉園より少し先立って、僕も高円寺の店に戻って焼き場に立つことに。

こういった流れで、晴れてワンオペ・キッチンデビューを果たしました(笑)。

料理の知識といえばこれまでの見よう見まね、営業後の練習と試作品を食べていただいたお客様からのフィードバックのみ。今思えば無茶苦茶ですけど(笑)、これくらいの急展開がなければキッチンに立てなかっただろうし、鍛えられたおかげで半年後には料理長になれたので良しとします(笑)。

やる一択、休日返上で修行へ

唯一の休みは東高円寺へ修行に行っていました。そこで働いている方がおだづの常連さんで「お前を育てたい、ホールのことをたたき込むから」と言ってくださって。こんなありがたい機会そうそうないじゃないですか。もちろん、答えはやる一択でした。

修行先へ、プライベートで訪問

その頃、僕も大磯に張り付いていた時期。月曜に大磯から戻って火曜に修行先へ、水曜の始発でまた大磯に戻るのルーティーン。慌ただしかったですけど、辛くはなかったです。理由は目的がシンプルだったから。お客様に喜んでもらえるために一日も早く成長したい。その一心でただただ夢中でした。

店づくりの基盤になった教え

修行先でもたくさんのことを学びましたが、自分にとって大きかったのは何事も理由から教えてくれたこと。例えば、お皿をすぐに片付けるにしても「うちの店は小鉢が多いだろ?食べ終わったままにしておくと次の料理が置けないし、お客様が広く使えない。だからすぐさげるんだよ」と。お客様に直結していると教えてくれたんです。僕は頭ごなしに言われても納得しないタイプ。だから腑に落ちました。

「飲める食えるは当たり前、じゃあ場はどうする?」

今でも忘れられない大将の言葉です。どうすればお客様全員が主役になれるのか、どうやって美味いものを美味いと感じられる場にするのかーこれを全て集約しているし、場づくりは居酒屋にとって料理以前の問題だと認識させられた言葉でした。

今まで教わったことはくぐいの基盤になっています。スタッフに何か教える時は必ずやる意味を、接客においてはお客様に楽しんでいただけることを考えようと伝えています。

お客様に楽しんでいただくには、まず自分が楽しむこと。でもマナーは守る。うちはスタッフの髪型は自由にしています。それぞれの個性だから尊重したいなと。でも、その分立ち振る舞い・マナーはしっかりする。それがお客様と関係を築く上で不可欠なことだと思うからです。

目の前のお客様にいかに楽しんでもらえるか。いかに僕たちがスポットライトを当てられるか。これが僕の、くぐいの信条です。

(後編へ続く)

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